日々のスナップ、風景、そして蝶の写真など

naoggio写真日記

          以前長野県飯田市を訪れた際、南信濃にある梁木島(はりのきじま)番所跡という小さな史跡を訪れた。
          大阪冬の陣のあった慶長19年(1614)に、時の領主遠山影直が家康の命で大阪方の落人の取り締ま
         りのために置いたのが始まりで、青崩峠の麓の梁木島という場所にあったが山崩れのため現在地に移動され
         たらしい。
          今では山奥の寒村地域でしかないこんな場所にどうして番所を置いたのだろうかと思うが、考えてみれば
         遠山川の流れる秋葉街道は非常に歴史の古い街道である。古来太平洋側の塩を信州に運ぶための塩の道であ
         り、南北朝時代には後醍醐天皇の皇子である宗良親王が何十年もの間この地を拠点としてに各地で戦い続け
         た。また武田信玄も三河に進軍する際には秋葉街道を南下している(これは調略が簡単だったからとも言わ
         れる)。
          番所の前に立てられた由緒書きによると実際遠山領に逃げ込んだ大阪方の落人がいたらしく、抜け目のな
         い家康のことなのでそんな秋葉街道にも番所を設けないではいられなかったのだろう。
         
          さて、江戸時代になるとこの番所の主な業務は榑木(くれき)材木の管理取締りとなった。榑木という言
         葉をご存知だろうか。私は知らなかったのだが、平安時代に編纂された律令の補助法令である三代格式(さ
         んだいきゃくしき)の1つである「延喜式」の中に既にこの言葉が登場するそうである。法律としては特定
         の用途に用いる材木の製材規格を定めたものであり、その法の通り製材された材木が「榑木」ということの
         ようである。「榑」というのは皮のついたままの丸太と辞書にはあるが、榑木と同義とも書かれておりその
         あたりの関係や住み分けはもう少し調べてみないとわからない。
          基本的には原木を一定の長さに切り、四つ割りにして芯をくり抜いたものなのだそうだが、その後ずっと
         それが踏襲されてきたのかどうかは、これもまた調べてみたがよくわからない。

          興味深いのはその榑木の規格寸法が時代によって大きく異なっていることだ。延喜式で定められているの
         は長さ12尺、幅6寸、厚さ4寸であったものが、幾度かの変遷を経て享保3年から4年(1718~17
         19)にかけての改定では、長榑木(この頃になると榑木は長榑木と短榑木の2種類に分けられるようにな
         っている)の長さでさえ3尺3寸と、当初の4分の1近くの大きさになってしまっている。

          理由の1つは榑木の用途の違い。平安時代には主に柱や壁芯に用いられたが、時代が下ると主に板葺きの
         材料として用いられていて、それであればそんなに大きな木材である必要がない。
          そしてもう1つの理由は山林資源の枯渇であった。当時の山林の荒廃ぶりは私達が想像するよりか
         なり酷いものだったようだ。そういえば以前江戸末期か明治初めの近畿地方の山林の写真を見た記憶がある     
         が、一面丸裸の山が延々続いているような写真だったように記憶している。
          江戸時代、近畿地方を中心とした山林は荒廃し尽くし、木材の安定した供給は中部山岳地帯の山村に頼る
         しかなくなっていた。そしてこの南信濃のような山村では米で年貢を納めることができなかったので規格材
         である榑木で年貢の代わりとした。もちろん榑木と米の換算率も細かく定められていた。そんな大切な榑木
         の管理取り締まりの役をこの番所は担っていたのだろう。

          もしかしたら榑木の規格寸法が時代が下るに連れ小さくなった理由の1番目は、或いは2番目の理由から
         副次的に発生したものかもしれない。憶測に過ぎないが、柱材として使えるような大きな榑木を年貢として
         安定供給するのは難しくなっていたので、規格寸法を小さくして需要の多かった屋根材に使える程度の寸法
         のものを榑木として定め年貢としていたとも考えられる。柱材となるような大きな原木の場合運搬途上のト
         ラブルや木質の見極めなど博打的な要素が伴うため、そちらは民間に任せてまた違ったルートで取引させて
         いたのだろう。

          南信濃の山村に伝わる踊りで「榑木踊り」というのがある。年貢の榑木を無事納められたことを山の神に
         感謝奉納する踊りだというが、そんな伝承にもこの地域のかつての暮らしぶりが伺えてとても興味深い。


 
         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         番所の正面。全くひと気のない草深い山奥だが、いちおう草刈りだけは行われてるようだ。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         石段を登りながら見上げるとなんとなく威厳が感じられる。
         


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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         爆ぜた後の百合の実がひっそりとした建物の前に枯れ残っていた。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         正面階段の前にはムシトリナデシコが咲いていてアブが吸蜜にやってきていた。なんとも静かな光景だ。



 180526em140P5261407.jpg         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         雨戸が閉じられているが正面は2間ほどの縁になっていて「プチお白州」のような感じだ。ここにお役人が
         いて何かあると取り調べや吟味評定を行ったのだろう。



         
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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         建物の向かって右側は住居になっていて、実際近年までどなたかが住まわれていたようである。中を覗いて
         みたら布団などが積んだままになっていた。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         住居に連なる納屋には様々な生活ための道具がそのまま残されている。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         納屋の2階に上がるための梯子。構図の都合上一部しか写っていないが、上下端だけテーパー付きの円柱状
         の踏み棧(段)が左右の支柱を貫通していて、あとは丸棒が挟まった構造となっている。貫通しているとこ
         ろには抜け止めに鉄釘が打ってあった。木口に楔を打った形跡はないのでもとはテーパーを生かして単に摩
         擦で止まっていたのだと思う。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         囲炉裏の自在鉤や柄の長い柄杓、消防団のものらしいバケツなど雑多な生活用品がそのまま残されている。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         そして古い木造家屋につきものの碍子配線。碍子ファンとしてはこれは絶対見過ごせない。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         マクロレンズまで引っ張り出してガッツリ撮影。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         母屋の鬼瓦が見えている。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF63mm F2.8 R WR >
         下の道路から見上げる厠と住居部分。いつか忘れ去られて草に埋もれてしまわないかと心配になってしまう。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         番所に向かう道の水路を囲う石積みにはユキノシタが可愛らしい花を咲かせていた。この石積みはかなりの
         年月を経ているように見えた。








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