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日々のスナップ、風景、そして蝶の写真など

naoggio写真日記

         昨日の続き。
         成田山横浜別院を過ぎて再び路地を通り抜けてゆくとさらに高いところに「伊勢山皇大神宮」が鎮座する。
         神社のホームページを見ると神奈川県の宗社、横浜の総鎮守と書いてあるが、明治3年に国費で建てられた
         神社である。
         この時代の横浜には海外文化の波が押し寄せ、それが急速に普及し始めていた。これに対して日本人の精神
         的な支え、アイデンティティー確認の場が必要と考えた当時の県知事井関盛艮が、政府に伊勢神宮の遥拝所
         として天照大神を祀る社格と規模を備えた神社の建設を進言し受理されて神社の造営が決定した。そして元
         々戸部村海岸にあった神明社を遷座、整備したのが始まりである。
         遷座同年に行われた遷座祭は相当派手に行われたそうで、6万両(現代なら数十億くらいか)の経費をかけ
         たといわれる。
         

 
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <FUJIFILM GFX 50S / SMC TAKUMAR 6×7 105mm f2.4>



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         <FUJIFILM GFX 50S / SMC TAKUMAR 6×7 105mm f2.4>



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         <PENTAX 67/SMC TAKUMAR 200mm F4>
         これは1998年11月、娘の七五三の祝いに伊勢山皇大神宮に行った時に撮影した写真。
         市民に人気の伊勢山皇大神宮であるから当日はたくさんの親子が詰めかける。それで10組ずつくらいが社
         殿の前に並ばされて御祈祷を受けるわけだが、祈祷前のおはらいはどうやってやるのかと思って見ていたら
         大麻(おおぬさ)を持った宮司さんがそれを小刻みに震わせながら並んだ子供達の端から端までを走ってお
         はらいしていたので笑ってしまった。

         このわずか3年後の2001年、伊勢山皇大神宮は宮司の親戚が隣接地で経営していた高級ホテル「横浜開
         洋亭」の経営不振により境内の一部が差し押さえを受けることとなる。
         神奈川県神社庁が境内の大半を取得することで境内の競売は回避されたが、明治以来世襲されていた宮司の
         一族は伊勢山皇大神宮と縁を切られることとなった。
         とするとあの時御祈祷してくれた宮司さん、その後どうなったのだろう?

         90億近い負債総額で破産したというが、神社本庁(伊勢神宮を本宗とする宗教法人)に属する神社で初め
         ての破産であったらしい。初物の多い横浜の不名誉な初物と言えるかもしれない。






         
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Author:naoggio
横浜でオーダー家具のお店をやっています。このブログは仕事と関係のない日々のスナップや過去の写真、また大好きな蝶の写真を中心にアップしていきます。家具に興味のある方はリンクトップの会社ホームページにも是非遊びにいらして下さい。

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