主に蝶の写真を中心にアップします。

naoggio写真日記

クロアゲハは身近で普通に見られる蝶ですが、未だに満足に撮影できていない蝶(まあそんなのばかりですが)の一つです。
写真を整理していてもましな画像はほとんどありません。というか撮影枚数自体がとても少ないのです。
この蝶に対する思い入れがないのかというとそうではなく、クロアゲハは私にとってはたいへん思い出深い蝶です。
子供の頃自宅周辺で採集できる蝶の中では、このクロアゲハがなんと言っても圧倒的な存在感を誇っていました。
他にカラスアゲハもいるにはいたのですが、こちらは数がとても少なく、町内でも少し離れた山椒の木のある場所に発生地が限られていて、当時の私はカラスアゲハが近所にいることさえ知りませんでした。
駄菓子屋さんで買って来た虫取り網と昆虫採集セット、それに本屋さんで買った展翅板一つが私の昆虫採集のスタートでした。
当時私が住んでいたのは飲屋街のまっただ中だったのですが、そこから歩いて10分程の丘の上に母親の実家があり、そこにはいくらかの庭と草木があって、私の住んでいた場所と比べるとだいぶましな環境でした。庭の端には藤色のブッドレアも花を咲かせていましたので色々な蝶がやって来たのです。
それで小学校低学年の頃は、夏休みになるとその家の縁側に座ってブッドレアを訪れる蝶を待ち構えていました。
初めて大きなクロアゲハを捕まえたのもこの場所でした。すくいとった時はすごい手応えで、網の中でバタバタと暴れている蝶をどうやって押さえつけたものかと困ってしまった記憶があります。
ところで昆虫採集セットには怪しげなピンク色と水色(だったと記憶していますが違うかもしれません)の液体が入れられた小さなビンが入っていて、どちらかが殺虫剤でどちらかが防腐剤だったと思います。まあ駄菓子屋で子供向けに売られていた物ですから、中身は水に色をつけたような代物だったのでしょう。で、その殺虫剤の方をプラスティックの注射器で(注射針は金物でした)蝶に注射し、ショックで弱った蝶に昆虫針を刺して無理矢理展翅してしまったのですから、なんとも残酷で乱暴な仕打ちをしたものです。
そして数日して展翅テープをはずした時、大きなクロアゲハがゆっくりと翅を動かした時には肝をつぶしました。
なんという可哀想な事をしてしまったのかと思いましたがもうどうしようもありません。もう一度テープを針で押さえて、蝶が死んでくれるのを待つ他ありませんでした。

クロアゲハはただでさえ喪服のような真っ黒な姿ですし、私の中ではアゲハより日陰を好んで飛ぶ蝶という印象がありました。庭の植え込みの日陰の中から舞い出てくるクロアゲハの大きな姿には、大袈裟かもしれませんがなんだかこの世ならぬ不気味さを覚えた物です。
加えて上のような体験があったので、私にとってクロアゲハにはどことなく死のイメージがつきまとっていたのです。

さて、高校2年生になって絵の勉強を始めて暫くした頃、靉光の存在を知りました。靉光は広島出身の洋画家です。
シュールレアリズムの影響を強く感じさせる作品を多く残しましたが、1944年、応召して満州の戦地に赴きます。
翌1945年には故郷に原爆が投下され、作品や資料の大半が消失したといいます。そして自身は満州で病を得、
1946年に上海郊外の病院で39年の生涯を終えました。
そんな靉光の作品の中に『蝶』という作品があります。1942年の作品で、画面一杯にクロアゲハが翅を広げています。左下には花も描かれていますが、蝶が翅を休めているのはなんだか不毛な枯れたような針葉の上です。頭部は球体として描かれており、本来生活のためにあるべき眼や口吻や触角は見当たりません。
この作品を画集で見た時、余りに私の心の中のクロアゲハのイメージに重なる物が大きかったので非常に驚きを覚えました。言い換えれば、私の抱いているクロアゲハのイメージをそのままキャンバスに表現してくれていたのです。下の写真がそれです。
靉光という人はきっと蝶に対する思いの強い人だったのでしょう。デフォルメはしていますが見事な蝶の表現だと思います。


靉光『蝶』
靉光 『蝶』 1942年 43×36 キャンバスに油彩


この作品に出合って以来、写真であれ、絵であれ、心のどこかでいつかクロアゲハの姿を借りて死のイメージを表現してみたいなと思っているのですが、なかなかそううまくはいきません。
写真について言いますとそもそもクロアゲハがじっとしていてくれる事自体あまりないので、あの黒い翅をじっくり撮影する機会があまりないのです。
ツツジや彼岸花を訪れるクロアゲハの姿は美しく、それはそれでいいのですが、私としては薄暗い場所でじっとしているクロアゲハの写真が撮ってみたかったのです。
昨日写真の整理をしていてたまたまそれに近い画像があった事を思い出しました。
下にその写真を載せておきます。庭でコンデジで撮った写真です。
求めていた死のイメージにはほど遠いですが、こんなふうにクロアゲハがじっとしていてくれる事もあまりないので私にとってはこれでも貴重な画像です。他にも数カットあるのでいつかこの辺をもとに絵を描いてみたいと思っていますがどうなりますやら。


R0014008.jpg
クロアゲハ 2009年6月17日横浜市の自宅にて


2003年から2009年(それ以降は写真がまだ未整理です)までの間に撮影したクロアゲハの写真でなんとか見られる物と言ったら下の2枚くらいしかありませんでした。
0906175DIMG_6928.jpg
同上 こちらは上の写真を撮る前にデジイチで撮影したもの。


0707155DIMG_0106.jpg
花を訪れたクロアゲハ 2007年7月15日自宅付近の公園で。


最後に靉光の代表作を掲載しておきます。
2007年以降靉光一人の展覧会は開かれていないと思いますが、またじっくり見てみたい画家の一人です。


靉光「眼のある風景」のコピー
靉光 『眼のある風景』 1938年 102×193.5 キャンバスに油彩




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No title

  1. 2013/02/18(月) 08:38:02 |
  2. URL |
  3. ダンダラ
  4. [ edit ]
クロアゲハは私も良い写真はほとんどありません。
自分のクロアゲハの写真を見直して、ニコンのD90が結構性能がよいことに気づいたりしましたけど。
靉光という方のクロアゲハの絵は確かにすごい感じの絵ですね。
本文を読む前に絵だけ見て、ぎくっとしました。
でも、この絵を見て「クロアゲハの姿を借りて死のイメージを表現してみたい」というnaoggioさんの感性もすごいと思います。

No title

  1. 2013/02/18(月) 11:07:38 |
  2. URL |
  3. naoki
  4. [ edit ]
蝶の絵・・・・私自身なかなか描けません。

単に、花に止まった姿を忠実に描くなら何とかなりそうですが、
靉光や、三岸好太郎の「海を渡る蝶」や、「雲の上を飛ぶ蝶」ように、死のイメージ
で描くなど私にはできそうにありません。

藤島武二の「蝶」のように明るい絵も難しそうだし、
清宮質文の「さまよう蝶」のように単純に版画ですが描くのもできません。
また田淵行男のように、細部まできちんと描写することも無理です。

いつか好きな蝶を・・・と思いつつ絵はがきぐらいしか描いたことありません。
naoggioさん・・・描けた際には是非見せてください。


Re: No title

  1. 2013/02/18(月) 15:42:44 |
  2. URL |
  3. naoggio
  4. [ edit ]
>ダンダラさん
クロアゲハ(も)難しいですね。何処にでもいますがたくさんいるというわけではないので案外撮影チャンスに恵まれません。
そういえばダンダラさんの撮られた写真で、昨年の福島でしたっけ、八重山並みに赤紋が発達した個体の写真がありましたよね。
あれはすごかったですね。あんな個体に遭遇してみたいものですがなかなかいません。びっくりしました。
靉光のクロアゲハの絵はインパクトがあります。私も初めて見た時ダンダラさんと同じように正に「ぎくっ」としたものです。靉光がこの絵で何を言いたかったのかはわかりませんが、日常ではタブーとされている何か・・・(死とかエロスにまつわる甘美なイメージみたいなものかなあ)を感じずにはおれません。
長々と書いた文章も読んで下さってありがとうございました。

Re: No title

  1. 2013/02/18(月) 16:30:07 |
  2. URL |
  3. naoggio
  4. [ edit ]
>naokiさん
先日はご丁寧な返信をありがとうございました。お礼申し上げます。
それにしても蝶の絵というだけでたちどころにこれだけの画家と作品が思い浮かべられるnaokiさん、すごいですね。私等とてもこうはいきません。感心致しました。
確かに蝶の絵って難しいと思います。
その理由として、あの翅の薄さと、鱗粉という特殊なテクスチャーが挙げられるのではないでしょうか。
具象絵画の場合、どうしても対象の実在感を表現したくなります(言葉では不在感もありかもしれませんが、これはこの際ちょっと置いておきましょう)が、蝶の翅って存在しないかのように薄く、でもそこに鱗粉に彩られた厚ぼったい色面が存在しているのです。
重さと奥行きのあるもの。例えば人体をデッサンする時には実際には見えていない線で骨格や筋肉の動きを表現しようとする事も多々あるでしょうが、蝶を描こうとするとすでにそこでつまずいてしまいます。蝶の翅は、人間的尺度では捉えにくい薄さと厚さを兼ね備えた難物のような気がするのです。
靉光の作品の面白さは正にそこにあるような気もします。彼の表現した蝶の翅には独特の厚ぼったさがありますが、それでいて今にも破れてしまいそうな危うさ、緊張感を感じます。この不思議な蝶の翅という素材と対比させるかのように、単純化した球形の頭部を配して、その効果をいっそう引き立てているようにも見えるのです。さらに深読みしてしまうと、この2次元的な翅と3次元的な頭部が互いに緊張を高め合う事によって、3次元というものの危うささえ表現しようとしているようにも思えて来ます。
まあ、妄想はきりがないのでこのへんでやめておきましょう(笑)。
私の絵は何時になるかわかりませんが、naokiさんには是非蝶の絵も描いて頂きたいです。あの裸婦を描かれているような奔放なタッチで描かれた蝶の絵が見られたら楽しいでしょうね。


No title

  1. 2013/02/19(火) 08:32:11 |
  2. URL |
  3. clossiana
  4. [ edit ]
う~む、クロアゲハの持つ死のイメージは私にも心当たりがあります。或る取引先でのことですが、その会社の創始者が亡くなった年のお盆に、その会社の事務所へクロアゲハが舞い込んだのです。場所が神田ですので珍しいことでした。皆、「きっと、おじいちゃんが戻ってきたんだね」などと言っていました。そこへnaoggioさんの、この話。。クロアゲハって何か霊魂のようなものを持っている蝶なんだと思いました。だからこそ展翅版でも蘇ったのでしょうね。

No title

  1. 2013/02/19(火) 16:12:59 |
  2. URL |
  3. ダンダラ
  4. [ edit ]
連チャンですみません
clossianaさんのお話で思い出しましたが、以前お彼岸で父の墓参りに行ったのですが、草むしりをして珍しく墓についた苔などをとってきれいにして、お花を上げてお参りをしました。
そしたらその花にクロアゲハが来たんですよ。
初めてのことで、「きっとおじいちゃんが喜んでお礼に来たんだね」と家族と話しをしました。
沖縄では、蝶は魂の化身みたいな話しもあるようですね。
沖縄出身の人に聞いたことがあります。

Re: No title

  1. 2013/02/19(火) 22:38:52 |
  2. URL |
  3. naoggio
  4. [ edit ]
> clossiana さん
そんな事があったんですか・・・。
神田界隈ではクロアゲハを見かける事さえ稀だと思いますが、不思議なものです。
またそこに居合わせた方々が即座におじいさんが姿を変えて帰って来たのではと思われた事もとても興味深いですね。
古来日本では蝶は冥界の使者という扱いになっていて、殊にお盆には亡くなった方が蝶に姿を変えてこの世に帰って来ると信じられているようです。
それを知ってか知らずにかわかりませんが、その方達が自然にそう口にされたという事は、やはり私達のどこかにその伝統(というかアーキタイプのような物かもしれません)が息づいているのでしょう。
クロアゲハの姿は記事中にも書きましたが喪服をまとっているように見えますし、ゆらゆらと日陰を飛ぶ姿は明るい生のイメージとは対照的で、なんとなく死と結びつけたくなってしまうのかもしれません。
今思ったのですが、日本人が蝶を冥界の使いとして捉えた最大の理由は、実は日本にクロアゲハやオナガアゲハが分布していたせいだったりして。
ともあれ、たゆたう蝶を見ながらそれを死者の変化と見たてて死者に思いを馳せるという文化・・・、なんだかいいですね。

Re: No title

  1. 2013/02/19(火) 23:03:50 |
  2. URL |
  3. naoggio
  4. [ edit ]
> ダンダラさん
再コメありがとうございます。
ダンダラさんにもそのような体験がおありでしたか。ますます面白いですね。
墓石に向かうとなんだか不思議と心が安らぐものですが、仕上げとばかり献花にクロアゲハとは、素晴らしいお墓参りでしたね。やはりお父様が感謝の気持ちを蝶に乗せて届けて下さったのだと思います。
日本では広く「蝶は冥界の使者」として扱われて来たようです。中学生の頃ですが、生物部の1年先輩に家が熊野神社という方がいて、その人に蝶採集の手ほどきを受けたのですが、お盆の頃は蝶は捕っては駄目だと言われました。また和歌山県出身の母方の祖母もそんな事を言っていた記憶があります。
沖縄でもそうとは知りませんでした。面白いですねえ。
話は少し変わりますが、冥界の使いとされていた蝶を家紋にしたのは平清盛が初めとされているようですね。
あの揚羽蝶の紋です。清盛は革新的な人だったので敢えて冥界の使いである蝶を家紋に選んだらしいのですが、神道では不吉な黒い揚羽を家紋に選んだために滅亡したのだという説もあるのだとか。
でもかっこいい紋なので流行は止まらず、源氏の中にもあの紋を使う家が現れたという事です。
皆さんのコメを読ませて頂き、今年はクロアゲハを見る目がまた少し変わりそうな気がして楽しみです。

No title

  1. 2013/02/23(土) 09:03:51 |
  2. URL |
  3. 22wn3288
  4. [ edit ]
始めてお便りいたします。
時々貴ブログを拝見しておりましたが、靉光の「蝶」を見せて頂き、一言お話したくなりました。
素晴らしい作品ですね。
蝶を題材にした作品はあまり見ませんが、この画は心に響く作品ですね。
言葉に表すことが難しいですが、いい画を見せて頂き有難うございました。
 ( 私はどちらかというと抽象が好きで見ています。)

Re: No title

  1. 2013/02/24(日) 15:43:13 |
  2. URL |
  3. naoggio
  4. [ edit ]
> 22wn3288 さん
初めまして。コメントありがとうございます。
靉光の『蝶』という作品、見た者の心を捕えて放さない不思議な力を秘めているように思います。
私にとっては大変心に残る作品ですので、この記事に目をとめて下さってとても嬉しいです。
絵画というものは画家の生涯とは切り離して見る方が良いのかもしれませんが、殊に近代絵画ですと背景がわかっている事が多いので画家の生涯と関連づけて見てしまう事が多いですね。
この作品についても異国で早世した画家の一生が重なって、どうしても生の儚さ、死のイメージを感じてしまいます。
でも実際にこの作品の根底を成しているのはむしろ生の力強さ、したたかさ、妖しい美しさ、などであり、また生の曖昧さであったりもするように思えます。
確かにそこに花開いているがどこか不確定な要素を孕んだ力強く妖艶な存在。そんな物を蝶の姿を借りて表現しようとした画家の野心作のようにも思えます。
勝手な事を書きましたが、機会があったらまたゆっくり見てみたい絵ですね。今度は全然違う事を思うかもしれません(笑)。
抽象がお好きとの事。抽象画は自分の心を映す鏡のような気がします。良い作品があったら教えて頂けると嬉しいです。
今後とも何卒よろしくお願い致します。

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青山学院の近くで、オーダー家具のショップをやっています。
このブログでは仕事と関係ない趣味の写真を中心に、日々の出来ごとや思い出など書いて行こうと思います。
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