主に蝶の写真を中心にアップします。

naoggio写真日記

         3日も引っ張ったがようやく蕪島に到着。本当は1時間で着いた。蕪島の手前は小さな漁港になっていて小
         型の漁船が何隻か舫ってあった。平日は活気に包まれているのかもしれない。

         蕪島について調べていたら、名前の起源についてウィキに面白い説が紹介されていた。
         アイヌ語の「カピュー」(ウミネコ等)と「シュマ」(岩場)でカピューシュマ。これが変化して「かぶし
         ま」になったというもの。その他に2つの説が紹介されていたがありきたりなので、アイヌ語起源だったら
         いいなと思った。

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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         網の手入れをする漁師さん達。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         蕪島はかつてはその名の通り島であったが、戦中に埋め立てられ陸続きとなった。写真の小丘の頂上に蕪島
         神社があったが2015年11月5日早朝、漏電による出火で全焼してしまった。再建に向けての動きはあ
         るものの進捗状況は今一つと聞いている。駐車場で車を降りるとウミネコの合唱が聞こえてくる。
         丘の上からコロニーを見下ろしてみたかったが、工事の関係でか丘に登ることはできなかった。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         近付くに連れウミネコの声はいよいよけたたましくなってくる。どこか物悲しいが風情のある声だ。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         岩場に夥しい数のウミネコがいて、思い思いに舞い上がったり止まったりしている。壮観だ。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>

            動画も上げておく。


            

            



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         改めて見るに、きれいな鳥である。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         港から施設に帰る途中見かけた廃屋。棟にウミネコとハトが止まっていた。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         川沿いの倉庫のような建物と遠くのプラント。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         施設の裏山を散歩してみた。大風の時に風の通り道に沿ってかなりの樹が倒れたので伐採されたそうだ。

      

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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         ヒメウラナミジャノメ。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         キタテハ。越冬個体も見られたがこれは新生のように見える。きれいだった。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         八戸駅前のビルの中に展示してあったお祭りの山車。な、なんだ?



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         反っくり返った猿の顔が恐かった。






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         第五福神丸の近くに海上保安庁の巡視船が停泊していた。『まべち』という、どこかで聞いたような聞かな
         いような妙な名前だ。調べてみると500t 型の「てしお型巡視船」の一つで、同型艦が十数隻存在するよう
         だ。
         
         『まべち』の名前の由来については推測だが青森県南部と岩手県北部を流れる馬淵川(まべちがわ)からと
         ったものだと思われる。巡視船の名称は配置換えの際変更される。この船は最初徳島に配属され、その当時
         の名前は『くわの』であった。これは徳島県を流れる桑野川由来だと思われる。このクラスの巡視艇は配属
         された場所を流れる川の名前を艦の名称とするようだ。言わば御当地艦である。
         面白かったのは最初鹿児島に『せんだい』の名称で配置されていた同型艦が横浜に来て『つるみ』。さらに
         横須賀に移動して『たかとり』となっていることだ。つるみは鶴見川、たかとりは鷹取川だろうが、川の現
         状を知る者にしてみれば「えっ、これでいいの?」と思いたくなる名前。まあ、他に何もないのだから仕方
         ないのだが。
         
         撮影は全て
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>

 
         『まべち』の舳先のところでもウミネコが泳いでいた。



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         横浜港で7000t 級の『しきしま』を見慣れているのでいかにも小さく見える。



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         PM9 の呼称は配置換えになっても変わることがない。ひらがなのところだけ直せばいい訳だ。



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         小型とは言えいちおう M61 バルカン(20mm ガトリング砲)を装備している。



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         1983年竣工の船なので既に34年経っていることになる。昨日の記事の『第五福神丸』より古いことに
         なるがその割にはきれいな状態に保たれている。



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         こんなゴツゴツしたテトラポットは初めて見た。



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         鮮やかなブルーの水産物コンテナだ。マルハニチロ(株)は旧大洋漁業と旧日魯漁業の合併によってできた
         会社らしい。かつての大洋ホエールズファンにとってはちょっと複雑。



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         第一魚市場に寄ってみたが日曜日なので閑散、というか人っ子一人いない。


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         上の写真の左の方にある木製の通路。手摺がついて1段高くなっているがどういうふうに使われているのだ
         ろう?



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         市場の隣りで新たな建物が建設されていた。水産加工場だろうか?






  1. 風景
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  3. / comment:0
  4. [ edit ]

         家内の両親は現在八戸の施設に入居している。家内の姉の嫁ぎ先は下北の野辺地で、以前はそちらで姉夫婦
         と一緒に暮らしていたのだが、家内の姉が数年間八戸で養護学校の教師をしていた関係で八戸の施設に入居
         した。
         それがここへ来て父親が圧迫骨折をしたり、母親に癌の疑いが出たりで具合が良くないので家内と娘が週末
         に見舞いに行く予定だったのだが、家内が風邪をこじらせてしまい行けなくなってしまったので私がピンチ
         ヒッターで娘と行く事になった。

         施設のホールで娘がヴァイオリン演奏を披露したりちょっとした雑事をこなしたりで忙しく、ゆっくり観光
         という訳にはいかなかったが、日曜日の早朝に家内の姉に案内してもらって有名な蕪島のウミネココロニー
         や港を見に行く事ができた。 

        
         
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
          八戸港は漁港としてもかなりの陸揚げ量を誇る港で多くの漁船が停泊しているはずだが、そちらはパスし
         て蕪島に向かった。途中の埠頭に停泊している船がなかなか渋かったので寄り道して撮影した。



         170618em1P6180021.jpg
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
        


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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         『第五福神丸』!? 一瞬ドキッとした。
         この名前、あのラッキー・ドラゴン=『第五福竜丸』を想起させる。1954年、ビキニ環礁での米水爆実
         験に巻き込まれた第五福竜丸の乗り組み員22名は操業中に大量の死の灰を浴びた。程度の差こそあれ、彼
         らの多くがその後悲惨な運命を辿ったのは周知の通りである。
         第五福神丸の方は後で調べてみたら姫路の造船所で造られ、1990年に進水したガット船だった。意外と
         短命な船の寿命、進水後27年というのはやはり老境の船である。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         船体に刻み込まれた30年近い時の流れ。美しい汚れである。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         EM1 MarkⅡ+12~40mmズームの色再現力は素晴らしいと思う。微妙なサップグリーン系の緑色が的確
         に表現されていた。油絵の具を塗りたくったかのような塗料のマチエールが心地よい。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         ちゃんと浮かぶのか心配な救命ボートの上をウミネコが飛んで行く。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         リアビュー。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         やはり北国だ。まだ菜の花がきれいに咲いていた。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         埠頭の水たまりで遊ぶウミネコとオオセグロカモメの若?



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>






  1. 風景
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  4. [ edit ]

         ずいぶん久しぶりに横浜市中区にある根岸森林公園の一角にある競馬場スタンドを訪ねてみた。
         根岸森林公園のある場所は1866年(慶応2年)以来競馬場だった土地である。戦後接収されてゴルフ場
         として使用されていたものを返還後横浜市が整備して公園とした。
         米軍居留地を間に挟んで北のスタンドエリアと南の馬場内エリアに分かれていて、スタンドエリアにかつて
         の一等馬見所が廃墟として残されている。

         横浜競馬場(開設当初は根岸競馬場)は1866年に居留地の外国人のために建設され、1877年から運
         用が開始されている。1905年からは後の天皇賞であるエンペラーズカップもスタートしている。
         1942年に開催が中止となるまで65年間競馬場として活用された。
         現在残っている一等馬見所は、山手111番館、ベーリックホール、山手聖公会など現存するものも含め横浜
         で多くの建築を手掛けたJ.H.モーガンの設計で1921年に竣工したものである。1988年まではこれ以
         外に二等馬見所と下見所(パドック)が存在していたが老朽を理由に解体された。


         森林公園が整備されたばかりの頃は南側からも馬場内エリア越しに馬見所の建物を望むことができたが、現
         在は公園の樹木が伸びてしまってよいビューポイントがなくなってしまった。そのためスタンド側は米軍施
         設内からしか満足に眺める事ができなくなっている。



         
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         米軍施設の向こうに一等馬見所の建物が見えてきた。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         スタンドの東側には円形の芝生が広がっていて気持ちがいい。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         建物の老朽化は思っていたより著しかった。開口部をベニヤ板などで塞いだだけでなんの手入れもなされて
         いない。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         塔の中程にカラスが止まっていた。



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         スタンドの北側にはモーガン広場というのがあって、そこに資料の写真などが展示してある。二等馬見所の
         方は塔が真ん中に一つだけであった。一等馬見所の貴賓室は家具調度にもかなり贅が尽くされていたようだ。



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         一等馬見所の設計図。
         


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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         北面。目を覆いたくなるような荒れ果てようでがっかりした。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         西面全景。この先は米軍施設となるので残念ながら観覧席は見えない。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         西面1階。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         STAFF ENTRANCE と書かれているが、戦前のものか、それとも接収時代のものか。



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         <OLYMPUS OMD E-M1Ⅱ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO>
         望遠で撮ってみると丸窓を囲む装飾に凝った意匠が施されているのがわかる。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         柵の上にさらにバラ線まで張り巡らしてある。



         170616em1P6160044.jpg
         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         東面1階もこんな有様だ。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         蔦のはびこり方も尋常でない。このまま朽ち果てるに任せるにはあまりにも惜しい建造物ではあるが、ここ
         までくるとちょっとやそっとでは修復は無理だろう。



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         <FUJIFIILM GFX 50S / GF120mm F4 R LM OIS WR Macro>
         公園内には桜の樹も多いので花の季節にはかなり楽しめそうである。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         芝生脇にバスケットボールのゴールが設置されていた。ボールも入れて写真を撮ったら面白そうだがこの朝
         は誰も練習している人がいなかった。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         森林公園の馬場内エリア北端から、公園と、米軍の二重のフェンス越しに見る一等馬見所。なかなか立派な
         建造物である。この建物が建ったのは関東大震災後であるが、江戸末期から存在した由緒ある競馬場のモニ
         ュメントとも言える建造物が、なんの改修計画もないまま荒れ果ててゆくのは本当に辛い。



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         <OLYMPUS OMD E-M1 MarkⅡ/ M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO>
         整備された当時は植樹された樹々も小さくどこが森林公園なのだろうと思ったが、ちょうど40年を経た今
         ではすっかり公園らしくなった。この辺りは接収時代にはゴルフ場として使われていたらしい。


         公園が整備されて4年目の1981年に撮った写真があった。かなり画質が悪くて恐縮だが掲載しておく。
         最後の1枚はモノクロ撮影だがその他3枚はカラーネガ撮影で、退色復元しても良い結果が得られなかった
         のでモノクロに変換した。
         
 810705img765.jpg
         この写真ではそれほど傷んでは見えない。この当時であればまだ修復できたのではないかと思うが。



 810705img766.jpg
         予備校、美大時代からの友人 I 氏と一等馬見所。初めてこの建物を見た時には塔の部分がブリキ玩具のロボ
         ットの頭部のように思えた。



            810705img763.jpg
            スタンドに向かって左側の塔のアップ。



 810323img769.jpg
            予備校時代からの友人の W 氏。角形縦2灯のオッサンぽい車は当時私が乗っていたルーチェ・レガ
            ート。
            駐車場からの眺めはこんな感じだった。3塔のある一等馬見所の右隣りに解体されてしまった二等馬
            見所も見えている。




  1. 横浜風景
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  4. [ edit ]

         先日行きつけのスパニッシュに昼食に入ったらキース・ジャレットの『ケルンコンサート』が流れていた。
         学生時代に繰り返し聴いた懐かしいメロディーだった。
         ドイツ第4の都市ケルンもまたローマ時代にローマの前線として生まれた都市であるが、ケルンと聞いて思
         い浮かぶのはまず4711で有名なオーデコロン(フランス語でケルンの水)。そして大聖堂だ。
         ケルンの大聖堂の天を突くばかりの威容は実際にその前に立った人間でないとわからない文字通りの威容で
         ある。私が訪れたのは2002年でもう随分前のことになってしまったが、写真の整理をしていたらタイム
         リーにスキャンデータが出てきたので2枚だけ貼っておく。

         <PENTAX 6×7Ⅱ/ SMC PETAX 67 45mm F4/ FUJIFILM PROVIA 100>
         

         021228img063 のコピー



 021228img062 のコピー.tif8 のコピー9




  1. 海外風景
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プロフィール

naoggio

Author:naoggio
青山学院の近くで、オーダー家具のショップをやっています。
このブログでは仕事と関係ない趣味の写真を中心に、日々の出来ごとや思い出など書いて行こうと思います。
家具に興味をお持ちの方は、リンクトップの「order furniture standards」の方にも、是非遊びにいらして下さい。

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